44号(2000年7月)

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 世界銀行の青海省移住プロジェクトの遅れと妥協

TIN News Update, 21 June 2000
Delays and Compromise over World Bank Qinghai Resettlement Project

世界銀行の青海省移住プロジェクトの遅れと妥協

大幅に遅れてしまったが、世界銀行経営陣は今日(水曜日)、懸案の青海省の5万8千人の貧農の移住プロジェクトについて、幾つかの条件に従うべきことを勧告すると思われる。1年前に調査を開始した世界銀行調査委員会が、高度に批判的な報告書を発表したにも拘わらず、経営陣はこの勧告を出すようである。経営陣の回答は、元々6月12日に最終決定され、取締役理事会の審議に回されることになっていた。経営陣の勧告の詳細および調査委員会の報告書の詳細は、取締役理事会が決定を下した後に公表されることになる。

世界銀行の内部および外部からの情報では、中国西域貧困緩和プロジェクトの懸案の『C計画部分』は、調査委員会の報告だけを基にして破棄されるべきものではない、との勧告を世界銀行経営陣は出すようである。

調査委員会の報告書は、同プロジェクトを激烈に批判する内容となっていると思われる。同プロジェクトが、世界銀行自身が掲げている運営指針を大きく侵害している点を指摘し、またプロジェクトを推進するために世界銀行と中国政府の間で、妥協案も作られていると同報告書は指摘している。世界銀行が4千万ドルの融資を実行するために、新たな条件を満たさなければならない、という内容の妥協案である。取締役理事会は、銀行のジェームス・ウォルフェンソン総裁を含めて7月6日に会議を開催し、調査委員会の報告書と経営陣の回答の両者を「審議する」ことになっている。

同プロジェクトを破棄せよとの国際的な反対キャンペーンが進行中であるが、銀行経営陣の回答はその要求に遥かに及ばない内容となっている。「我々は、経営責任を追求しているのであって、行動計画の発表を要求しているのではない」と、調査委員会に調査を要求していたNGO団体の、チベット国際キャンペーンは述べている。同プロジェクトに関するいかなる新妥協案も、その合法性をチベット国際キャンペーンは問題にしている。中国の情報公開が大幅に進むことと、プロジェクト地域において「束縛のない」意見聴取が実行されること、という保証を条件にして取締役理事会が1999年6月にプロジェクトを承認したことを、チベット国際キャンペーンは問題にしており、これらの保証は「見せかけだけ」だと批判している。

世界銀行経営陣はいかなる『取り引き』もしてはいないと、世界銀行の広報官ピター・ステファンはTINに対して昨日(火曜日)語った。調査委員会の「とてつもなく詳細な」報告書を読んで、世界銀行経営陣は「プロジェクトの幾つかの重要な変更と改善策」を提案したという。この段階では、それ以上の詳細については言及できないとしながらも、「我々が勧告している方策は、透明性を高めること、環境調査を進めること、また独立性のある社会的な意見聴取を行うことである」と、彼は付け加えた。報告書に近い筋からの情報では、世界銀行の新たな条件とは、ワシントンに拠点を置く独立的でまた国際的な委員会を設立すること、またプロジェクトの対象地域において、環境と社会的影響について意見聴取を実行する、というものであるという。この条件によって、資金供与が実行されるまでに、さらに15カ月の遅れが予想されるという。

世界銀行は、経営責任と透明性に関する自身の方針に準拠するという点で、欠けた点があったと批判されて来た。ジェームス・ウォルフェンソン世界銀行総裁は、繰り返し何度もまた強い調子で、経営方針に基づいていると語って来たにも拘わらずである。

調査委員会の報告書と経営陣の勧告は、取締役理事会が決定を下してから3日立たないと公表されない。世界銀行の規則が「調査委員会は調査結果について、あらゆる報道機関を通じて、一般社会に周知徹底しなければならない」(調査委員会活動規則、57条)と謳っているにも拘わらず、これでは調査委員会の報告書に対する公開討論は期待できない、とする批判が巻き起こっている。調査委員会の報告書の公表を求める他の呼び掛けの中には、米国議会の60人の議員が昨日世界銀行総裁に宛てて送付した書簡も含まれている。「(第三者の)生活に影響を及ぼすような決定がなされた後ではなく、その前に」報告書を公表するように、世界銀行総裁に促している。

プロジェクトに対する調査委員会の調査は、取締役理事会が融資を承認した後に同意されたもので、この種のものとしては最初のことである。ワシントンに拠点を置くチベット国際キャンペーンが、環境問題と住民の移住及び情報公開に関する世界銀行自身の指針を逸脱しているとして、抗議運動を展開したことに対する回答として、調査委員会は調査を実施したものである。取締役理事会は、1年前に同プロジェクトに対する投票を実施し、4千万ドルの融資を決定している。その中には、主として漢族あるいは回族の57,775人の貧農を青海省の東部から、海西蒙古族蔵族自治州のドゥラン県に移住させるという、計画も含まれている。

経営陣の回答の遅れ

世界銀行の手続き規則によれば、経営陣は調査委員会の報告書に対する回答を取りまとめ、報告書を受け取ってから6週間以内に取締役理事会に提出しなければならないとされている(調査委員会規則、54条)。この期限は、6月12日(月)に終了した。しかしその日の午後、経営陣がもう1週間「中国政府からの要求に答える」ために期限を延長することに、取締役理事会は同意した。6月12日に発表された世界銀行の声明によれば、「中国は経営陣とさらに議論をするために」、回答を送らせることを求めたという。

調査委員会の規則には、そのような延期を認めるような項目は存在しない。しかし、世界銀行内部の情報によれば、そのような決定を下すことができたのは取締役理事会の力によるという。取締役理事会のメンバー(この場合は中国)が、このような延期を求めることは明らかに常ならぬことではあるが、世界銀行はそのような求めを受け入れることになろう。世界銀行の広報官が月曜日に語ったところでは、取締役理事会は「理事会のメンバーの利益を損なうための道具として、時期(タイミング)を使う積もりはない」という。

回答提出を再度延期する依頼は、世界銀行総裁のジェームス・ウォルフェンソンによってなされた。世界銀行内部の情報によれば、回答を取締役理事会に提出する前に、最終的な見直しをするために時間が必要であったという。反対運動をしている複数の団体は、この延期は政治的な狙いがあると、批判している。ダライ・ラマ法王は6月19日にワシントンに到着しており、昨日(6月20日)に米国大統領のビル・クリントンと会見することになっていた。したがって、世界銀行はダライ・ラマ法王がワシントンを離れるまで(6月21日)、経営陣の回答を提出すのを延期することにしたのではないかと見られている。ダライ・ラマ法王が2度目のワシントン訪問(7月1日から3日)を終え、またワシントン中心部で開催される大規模なチベット文化祭(6月23日から7月4日)が終わるまで、取締役理事会を延期したと疑われている。この取締役理事会は、7月6日に開催されることになると予想されている。世界銀行内部の情報によれば、この日は世界銀行総裁が出席可能なためであるという。

移住プロジェクトに関する議論が、国際的な反対キャンペーンを引き起こしただけでなく、中国政府からも強硬な反論を喚起した。中国政府は最近、ダライ・ラマ法王を「先進国や世界銀行が、チベットのために企画したプロジェクトを援助するのを妨害するために、可能な限りのあらゆる試みをしている」(2000年5月30日付け西蔵テレビ)と、非難している。中国は、これまでプロジェクトに対する反対キャンペーンを「内政干渉」と見なして来た(1999年6月24日付け新華社通信)が、現在では世界銀行経営陣によって提案された新条件に同意している。この事実は、これまでにない進歩と言うべきであり、このプロジェクトが中国政府にとっても如何に重要であるかを示すものである。

青海省の移住プロジェクトは、世界銀行取締役理事会の他のメンバーの間にも、また経営陣の間にさえも今までに見られなかった軋轢を引き起こした。このプロジェクトが本質的に孕んでいる問題と、世界銀行の最大の借り手である中国との交渉に絡んだ微妙性が、調査委員会がこのプロジェクトの再評価に費やした時間的な長さ(およそ1年)に明確に現れている。1999年4月に、このプロジェクトに対する国際的な関心が向けられて以来、世界銀行の最高位の職員がこれまでにない程の広い範囲で関わる必要性が生じたりして、世界銀行にとって巨大にして高価な悩みであることを証明した。

以上

(翻訳者 小林秀英)
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 アギャ・リンポチェ、遅ればせながら免職処分となる

TIN News Update, 27 June 2000
Agya Rinpoche Belatedly Removed from Office

アギャ・リンポチェ、遅ればせながら免職処分となる

チベット仏教の指導的立場にいたアギャ・リンポチェは、2年前に静かに米国に亡命していたが、この度ようやく彼に対する中国側の措置が取られた。中国の公式報道機関の新華社通信が伝えている(2000年6月24日付け)ところでは、アジャ・ルォサン・トゥダン・ジゥメイ・ジャツォ(チベット名:アギャ・ロプサン・トゥプテン・ギュルメ・ギャッツォ)は、中国人民政治協商会議常任委員の役職から退けられた、と伝えている。新華社の報道では、免職の理由を何も挙げておらず、また彼の亡命についても伝えてはいない。

49才のアギャ・リンポチェは、青海省のクンブム僧院の僧院長であった。また中国仏教協会の副会長を務め、青海省人民政治協商会議の副主席も務めていた。中国政府からは愛国的な人物と見なされており、チベット文化とチベット語を奨励する特権を与えられていた。しかしながら1998年、公用で出国し、戻っては来なかった。以来、米国に政治亡命を認められている。

2年近くの沈黙を破って、彼がチベットを離れる決心をした経緯について、アギャ・リンポチェはようやく声明を発表した。2000年3月16日に、国際的宗教の自由委員会がロスアンゼルスで開催した、中国の宗教の自由についての公聴会の場で、彼の僧院と青海省全般において宗教の自由が欠落していたと、彼は詳細に渡って証言した。また彼の亡命の動機について、次のような言葉で説明をした。

「もし私がチベットに残っていたら、ダライ・ラマ法王と我が宗教を非難させられ、中国政府に奉仕させられていたことでしょう。これは、我が宗教に背き、我が信念に背くような政治活動に従事することを意味します。クンブム僧院の僧院長として、中国が選んだパンチェン・ラマが、チベットの民衆に受け入れられるように、私は政府を支援しなければならなかったことでしょう。そしてそれは、私の信念を裏切ることになったでしょう。この時点で、私は祖国を離れなければならないことを知ったのです。最終的には、私の恩師の導きに従いました。師は、私が50才になったら政治生活を離れて、修行に専念しなさいと忠告を与えてくれていたのです。師の忠告に従う唯一の方法は、私の人生をほぼ完全に支配している中国を脱出することだったのです。」

アギャ・リンポチェが亡命を果たした2年後に、中国人民政治協商会議の役職から免職となったことは、中国政府が彼の帰還を説得できると期待していたにも拘わらず、2000年3月に彼が公開の場で声明を発表したことで、中国政府がその期待を捨てたことを表しているのであろう。最近開催された中国人民政治協商会議の定例議会が、政府が彼を免職とするには、3月以降では最初の機会だったのだ。新華社通信の報道の短さと、そこに見え隠れする慎重さが、アギャ・リンポチェの声明に対する北京の戸惑いの深さを良く表している。しかもこの声明は、もう一人の宗教的な重要人物カルマパ17世が、同様の理由でインドに脱出をしたわずか3カ月後になされているのである。

以上

(翻訳者 小林秀英)
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 世界銀行経営陣は、懸案の青海省入植プロジェクトの支援を継続

TIN News Update, 5 July 2000
World Bank Management Continues to Back
Controversial Qinghai Resettlement Project

世界銀行経営陣は、懸案の青海省入植プロジェクトの支援を継続

世界銀行の調査委員会が、懸案の青海省入植プロジェクトに関して、実質的にプロジェクトの重要な全ての側面について、批判的な調査結果をまとめたにも拘わらず、同銀行経営陣は取締役理事会に対して、「現状の企画」に基づいて計画を進推するように進言した。理事たちは、明日ワシントンで開かれる世界銀行総裁のジェームス・ウォルフェンソンが議長を務める会議に出席し、同プロジェクトに対する批判をどのように扱うかについて、同銀行の運営方針を支持するか否かを決定する予定である。同銀行の運営に関する批判は、情報公開に欠けている点、地元民に関する規定を尊重していない点、また環境や社会問題について意見聴取が不十分であった点に集中している。銀行総裁に率いられた取締役理事会は、環境に関してさらに調査が行われ、社会問題に関する意見聴取が行われ、また資料作成と情報公開が、銀行によって十分であると認められるまでは、融資は全く行われるべきではないと提案している。運営部が想定している手続きには、12カ月から15カ月の時間が必要であり、200万ドル(2億1千600万円)以上の費用が掛かる。

英国下院において今日午後、国際開発省のクレア・ショート大臣は、プロジェクトの支持を表明してはいるものの、明日の決定に特に影響力を持っている理事国と目されている英国政府としては、まだ立場を鮮明にしてはいない。米国政府はプロジェクトに反対を示唆している。25カ国の理事国の中で数カ国は、個々に同プロジェクトに対する懸念を表明している。中国西域貧困緩和プロジェクトの中で懸案の『C』部分は、主として漢民族から成る5万8千人の農民を、青海省の伝統的にチベット人とモンゴル人の居住地区である地域へ移住させることを目指している。

同銀行の取締役理事会によって選出された3人の委員から成る、調査委員会の報告書に対する銀行経営陣の回答は、重要な指摘に対応し切れてはいない。経営陣の報告書の内容は、ジェームス・ウォルフェンソン総裁が公表した書簡から推定することができるが、懸案となっている問題点を過小評価していることが伺われる。国際組織が、非チベット人・非モンゴル人の農民を、少数民族地域に移住させる計画に資金提供をする先例となるという点である。これはまた、開発計画と人口分布改変計画を同時に実施するという、中国政府の政策に協力をすることになるという点である。調査委員会に対する回答となる書簡の中で、ウォルフェンソンは次のように述べている。「(プロジェクトの)青海省の部分は、結局1億6千万ドル(172億8千万円)の借款の内、4千万ドル( 43億2千万円)に過ぎず、プロジェクトの僅かな部分である。そしてこれは、(中国)全体の貧困緩和計画の中では、さらに僅かな部分となっている。」(2000年6月21日)

世界銀行の広報官によれば、経営陣の勧告は「同プロジェクトが銀行の高い基準に合致している」ことに基づいており、経営陣が「委員会の懸念を公表することに最善の努力をしているという。またプロジェクトの準備段階および評価の過程で「保護対策を講ずることに、より大きな努力が注がれてきた」と経営陣は認識している。しかもこの認識は、「このプロジェクトの置かれた特別な状況という観点に」基づいて、なされているという。さらに広報官は続けて、この「特別な状況」という言葉が意味しているのは、プロジェクトには微妙な政治問題が絡んでおり、国際的な関心を呼んでいるということであり、さらに銀行の関与に関して透明性が問題となっており、他の小規模なプロジェクトにおいても「最高の基準」が要求されるようになっている、ということだと語った。世界銀行総裁のジェームス・ウォルフェンソンは、1年前に調査委員会の同プロジェクト見直しを要求する切っ掛けとなった諸問題から、銀行を切り離そうとしているように見受けられる。2000年6月21日付けの理事会宛の書簡の中で、ウォルフェンソンは「チベット問題に関する議論」に言及している。「これまで世界中の政治団体および市民団体から、懸念や心配が寄せられているが、関心の的は移住地域に住むチベット人たちである。しかし最も直接的な影響を受けるのは、モンゴル人牧畜民である」と、彼は言う。ジェームス・ウォルフェンソンは、「この議論に参加することは、銀行経営陣の役割ではない。我々にできることは、(融資の)承認問題にできるだけ完璧に回答することである。もし理事会が異なった指針を我々に示すのであれば、理事会が自ら行動を起こすべきだ」と語った。世界銀行総裁のコメントから伺われる戸惑いは、同プロジェクトの中で4千万ドルという比較的少額とも言える青海省の計画部分に、不釣り合いなほどの国際的な議論が巻き起こったということを表しているのであろう。2000年6月だけでも、世界銀行は9億9百万ドル(981億7千2百万円)の対中国借款に同意した。これには4つのプロジェクトが含まれており、数百万人の人々が影響を受けるという。

世界銀行と中国:政策の解釈

青海省の計画部分に関する報告書の中で、調査委員会は特に2つの点に関心を寄せている。そしてその2点は、将来の融資決定にも長期的な影響を与えることになるかも知れない。1点目は、世界銀行と中国の関係に懸念を表明していることである。ある銀行職員は、「中国ではやり方が違う」と語っている。また調査委員会の報告書によって明らかになったもう1点は、中国西域貧困緩和計画に関する議論が、銀行内部でも政策決定あるいはその実行に関して、大きな意見の食い違いが存在しているということである。

「世界銀行の20年に及ぶ中国とのお付き合い」と中国の過去の先例に基づいて、中国のプロジェクトは不十分な環境調査で実行できるという判断が、世界銀行の立場を正当化させているようである。銀行経営陣の回答によれば、「中国におけるプロジェクトの企画と実行の先例から、それが住民の移転問題や環境問題に関わるような側面があったにしても、他の借款申し込み国に比べれば、住民の意見聴取に裂く労力は遥かに少なくて済んだ」という。同文書はさらに続けて、「このプロジェクトの政治的に微妙な側面と利益の側面を考慮すれば、企画の段階から世界銀行がもっと多く関与すべきであることを、文書化すべきであった」という。このことは、『通常』の状況では完璧な文書化は必要とされていない、ということを表している。銀行経営陣の回答には、いかなる批判も「内政干渉」と反発する北京政府との交渉で、度々困難に直面したことについては触れられていない。中国西域貧困緩和プロジェクトの青海省の計画部分に、昨年米国政府が反対を表明したことに対して、「中国の内政に干渉し、中国の民族的な統一を妨害しようとする行為」だと中国政府は反発した。(1999年6月24日、新華社通信、中国外交部章啓月広報官)この声明が、世界銀行経営陣の最終的な回答が出される直前に発表されたために、中国政府外交部と世界銀行の交渉は困難なまた緊張したものとなった。批判に対する中国政府の反応は、挑戦的あるいは防衛的な色彩を帯びることが多いと言えよう。

調査委員会はまた、世界銀行の方針および手続きの解釈という点で、いくつかの問題を指摘している。「過去5年間に実行された20数回のプロジェクトを検証して見ると、世界銀行の運営方針と手続きがいかに執行されるべきかという点で、職員の間でも意見の食い違いが存在していることに気がつく。しかしながら、この青海省の計画部分に関しては、調査委員会が意見聴取をして見ると、通常は見られない程の幅広い異なった意見や、また明確な反対意見が存在していることが判明した。こういった様々な意見が、管理職から第一線の専門家に至るまで、職員全般に浸透していた。こういった状況を、世界銀行の方針と手続きを正しく適用することに生かす、ということに調査委員会は大きな関心を持っている。またそれが、世界銀行全体の関心にもならなければならない。なぜなら、そのような幅広い意見が存在している場合には、一貫した方針を貫くには他の方法はないからである」

世界銀行総裁のジェームス・ウォルフェンソンは、彼の書簡の中で立場を明確にし、次のように警告を発している。「(調査委員会の批判を取り込むためには)懸案の問題に積極的に反応して、様々な努力をすることだ。それによって我々は、世界銀行の運用手手続きと指針を、文字通りにまた機械的に順守することになる。運用手続きや指針は、それが書かれた時には、こんなことは想定していなかった。また中国政府と世界銀行の双方が、かなりの代償を払って、こういう結果となったのだ」

調査委員会の報告書によれば、世界銀行の運用指針と様々な方針は「単純に理想化された声明」であって、努力目標と理解されるべきものだ、と考えている職員がいるという。また同等あるいはそれよりも高位の職員の中には、こういった解釈は指針を無力化するものであって、「承認を与える基準には使えない」と考えている人々もいる。世界銀行の広報官は、今日(7月5日)TINの声明に対して、世界銀行の立場を擁護して次のように語った。「我々は、かつてこれ程の開放性も所持してはいなかった。こういった問題が、このような形で報道されることはなかった。我々の機関は、職員が心を一つにして働くような組織ではないのだ」。調査委員会に対する銀行経営陣の反応は、このような問題に関して「経営陣と調査委員会の間に齟齬がある」ことを表している。

調査委員会もまた銀行経営陣も認めていることであるが、この問題は銀行運営全般に幅広い影響を及ぼすことになり、調査委員会の将来の機能についても議論が巻き起こることになろう。世界銀行と中国は長い付き合いがあるが、かくも完璧な報告書を作成したのは初めのことである、と調査委員会が述べたことで、銀行経営陣は調査委員会の役割を過小評価しようとしているようである。漏れ聞こえてくる銀行職員たちの意見によれば、銀行の職員たちは調査委員会の報告書に脅えており、幾つかの批判的な結論によって『魔女狩り』が始まるのではないかと恐れているという。

調査委員会の結論は、銀行経営陣は以下の7つの点において、銀行の運営規則と運営指針に反しているという。環境問題に関する意見聴取(OD4.01)、地元民への配慮(OD4.20)、移住強制をしない(OD4.30)、動植物の保護(OP4.04)、害虫対策(OP4.09)、資金供与:取締役理事会への報告(OP10.00)、情報公開(BP17.50)

銀行経営陣は新たな意見聴取を提案

銀行経営陣の対応は、経営陣が1999年に中国との合意に達した点(総額150万ドル、1億6200万円の借款)に留意をすると共に、「調査委員会によって提起された懸念を公表する」というものである。また明日開かれる理事会で結論が出されるのに先立って、追加の意見聴取が行われる12カ月から15カ月の間、同プロジェクトに対する融資は留保とするという合意を、中国政府と交わした。銀行経営陣が提案した措置は、環境問題に関する追加の意見聴取と、格上げされた社会計画という銀行の指針に基づくものである。社会計画の指針の一つに、現代社会の移住実行計画というものがあるが、これは非自発的に移住させられる人々を対象としている。これは新たな研究を始めるというよりも、「様々な資料の中に散在している情報を、プロジェクトが与える影響、住民に対する補償、また衝撃緩和措置等について情報を収集しようというものである。4人の国際的な専門家から成る、環境と社会問題に関する研究班が「選抜され、借り手(中国)によって雇用され、また銀行に意見具申できる」という。彼らの役割は、環境と社会問題を監視し、プロジェクトの実行と環境・社会的な面での意見聴取に『助言』を行うというものである。この研究と環境と社会問題に関する研究班の設立に掛かる費用は、212万5千ドル(2億3千万円)に上る。

インフラ整備のような『試験的実行計画』の準備段階の工事は、「環境問題あるいは社会問題に関する調査と見直しが実行されている間に」、世界銀行の融資を受けずに、中国側の資金努力で計画が推進できるであろうと、世界銀行経営陣は提案している。またそうすることによって、これらの研究も実を結ぶことになるのである。しかし世界銀行経営陣の報告書には、環境と社会問題に関する研究班の役割は「環境と社会問題に関する研究成果をプロジェクトの実行に生かすことも含めて、試験的実行計画を実行に移すことだ」という、別の意見も見受けられる。調査が終了する前に試験的実行計画を開始しようという意見は、このプロジェクトに反対する人々から批判を浴びる結果となった。ワシントンに拠点を置くNGO団体の『環境保護国際法律センター』は、「この提案は経営陣による計画の統一性を損なうものだ」という声明を出した。青海省政府は既にプロジェクト地域での潅漑工事を開始し、『移住』計画地であるドゥラン県に至る道路の建設を始めたことを、民間の専門家たちは確認している。

青海省を覆う「恐怖の空気」

世界銀行調査委員会は、彼らの青海省訪問が「恐怖の空気とも言うべき、ある種の不安を伴う劇的な事態を引き起こした」と発表している。「そんな事態にも拘わらず、数人の人々が危険を顧みず、プロジェクトに対する反対意見を表明した」という。この問題は、プロジェクトの企画段階で考慮されるべき項目として、調査委員会が報告している。調査委員会が『移住計画地』を訪問すると、多くの人々が「プロジェクトに対する意見を述べることを、明らかに恐れている」ことに気が付いた。「プロジェクトに反対する人々は、脅迫されていることが明白で、名前を秘してくれるように頼んだ」という。調査委員会の報告書に対する銀行経営陣の反応は、この面での調査委員会の懸念を十分にくみ取っているとは言い難い。世界銀行の広報官は、調査委員会の報告書に盛り込まれた「感情的な言質」を批判してもいる。

世界銀行の広報官が今日TINに語ったのは、銀行経営陣の提案は住民の意見聴取を十分に行うことであるという。しかしながら銀行経営陣の回答によれば、非公開の意見聴取が行われることになろうという。また「意見聴取を行うのが銀行ではなくて、借り手(中国)であることによって、意見聴取の困難は計り知れず、匿名性を保証するために最善が尽くされなければならないと、我々は繰り返して要求している」と述べている点から、銀行も意見聴取が不十分になる危険性を認めていると言えよう。

中国政府は、国際的な関心を呼んでいる問題で政府と意見が異なるのであれば、少数民族がいかなる意見も表明することも許してはいない。それは「祖国に損失を与える」からと言うのである。中国政府は既に、プロジェクトを容認しない意見を表明することは、中国の国家主権を脅かすことに等しいと警告を発している。

環境問題、資源開発あるいは入植者の移住問題等の微妙な問題で、懸念を表明したために、拘束されたり拷問を受けたチベット人たちの事例について、TINは情報収集をして来た。政治犯として5年近くも青海省で投獄されていた、あるチベット人が現在は亡命を果たしているが、彼はTINに次のように語った。「チベットにいたときの私自身の経験から言って、政治的に微妙な問題に反対意見を述べることは、チベット人にとっては非常に危険なことです。世界銀行のプロジェクトに懸念を表明したチベット人たちは、本当に勇気があります。今の私の願いは、彼らが保護されることです。彼らを助けるために、国際組織はでき得る限りのことをして下さい。」世界銀行経営陣の回答には、プロジェクトを批判したチベット人が不利益を被らないように、監視をする手段については全く言及されていない。それどころかプロジェクトの対象地域と影響を被る人々についても、外部からの監視や調査をする計画が存在しない。しかしながら世界銀行の広報官は、環境と社会問題についての研究をするのは、「国際的かつ独立的な」専門家から成る研究班であるという事実によって、これらの問題は十分な対応を受けていると言明した。

遊牧民の移住

世界銀行経営陣の回答からは、入植地域の遊牧民が移住させられるという問題についての言及も欠けている。銀行の資料によれば、289家族の遊牧民が日常的にプロジェクト地域を通過していたが、遊牧生活を阻害されることになる。銀行経営陣の意見によれば、彼らはプロジェクト地域を通行できるという。調査委員会の報告書は、プロジェクトによって予想される損害の補償についても批判を重ねている。非自発的に移住させられる人々の損害を、十分に補償していないというのである。銀行経営陣は、影響を受けるすべての家族が「無料で家屋と小規模な入植地」を得られると、繰り返し語っている。また「入植地内の住居は、近代的で進んだサービス(例えば学校や病院)を受けられ、プロジェクトの恩恵を様々な面で受けられる」という。銀行経営陣の報告書では、新たな経済的なチャンスが、プロジェクトの利益を利用することを選んだ(選んだという言葉が強調されている)地元のモンゴル人やチベット人に提供されることになるという。しかしながらこういった補償制度には、遊牧生活を続けたいと願う遊牧民の気持ちに対する配慮は、払われていないように見える。むしろ遊牧民を定住させたいとする、中国政府の意向に合致した内容になっている。1998年中国農業部のチー・ジンファ副部長は、全ての遊牧民は今世紀末までに遊牧生活を終了させることが期待される、青海省においては67パーセントの遊牧民が既に定住している、と語っている。

取締役理事会の会議と英国の反応

もし取締役理事会が、銀行経営陣の勧告を無条件で受け入れる決定を明日下すとすれば、それはこのプロジェクトに関する最終決定ということになる。しかしながら取締役理事会は、環境および社会問題に関する意見聴取が実行されたら、その時にもう一度見直しを行い、最終的な決定を下すと条件を付けた上で、プロジェクト推進の決定を下すかも知れない。このことは、取締役理事会が議決よりも意見の取りまとめを選択する可能性が高いということである。

ワシントンで明日この議論が行われたら、米国政府は反対することになろうとほのめかしている。一方英国政府は、このプロジェクトに対する最終態度は決定されていないと、述べている。国際開発省大臣のクレアー・ショートは、下院において次のように語った。「英国は、1999年6月の世界銀行の取締役理事会において、中国西域貧困緩和計画を支持した。中国170万人の最貧困層に多大な利益を与えるために、企画されたものだからである。しかし、このプロジェクトに反対するキャンペーンが起こった。それで我々は注意深く再吟味を行ったが、基本的に利益があることを確信した。我々はまた、調査委員会が調査を終了し、環境と社会問題に関する意見聴取を取り入れるまでは、いかなる融資も実行しないという、取締役理事会の決定を支持する。」

国際開発省のクレアー・ショート大臣が繰り返し語っていることであるが、同プロジェクトの4千万ドルに上る移住に関するC部門は、ドゥラン県が青海省の「海西蒙古族蔵族自治州」に属しているとは言え、『チベット問題』ではないという。昨年12月15日、国際開発省大臣は下院の国際開発委員会に対する声明の中で、「このことで例え政治的な困難に陥るようなことがあっても、私は決心しました。米国においてはチベットの政治勢力は非常に強力です。特にハリウッドにおいて、非常に強力です。しかしとても良いプロジェクトなのですから、それに反対することが流行であるとしても、我々は反票を投ずるべきではありません」と語っている。同大臣は同じ声明の中で、このプロジェクトの影響を受ける中国の領域は、「少数民族のチベット人が幾らか住んでいるからと言っても、実際にはチベットの領域ではない」と語っている。事実、青海省は1920年代にようやく、アムドという伝統的なチベットの地域を吸収して、設立が宣言された。

以上

(翻訳者 小林秀英)
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 中国、世界銀行のプロジェクトから撤退

TIN News Update, 7 July 2000
China Withdrws from World Bank Project

中国、世界銀行のプロジェクトから撤退

中国は世界銀行の条件を拒否し、およそ5万8千人の漢民族の貧農を、伝統的にはチベット人とモンゴル人の居住地である青海省に入植させるという懸案のプロジェクトに対する、4千万ドルの借款申し入れを撤回した。昨日と今日の二日間に渡って開催された、同銀行の集中審議の結果である。中国政府は声明を発表し、世界銀行からの資金提供を受けずに、青海省の同プロジェクト地区の入植と開発を実行することになろうと語った。他の世界的な金融機関の対中国融資の方針にも影響を与えかねない今回の決定は、チベット地域の開発と同時に人口分布を再構成しようとする中国政府の意図に沿ったプロジェクトには、世界銀行の資金は使われることはないという意味である。したがってこの決定は、他の国際的な組織が非チベット民族をチベットの領域に移住させようという計画に、資金提供をし難くするであろうし、他の民族問題にも波及しかねない要因を孕んでいる。

中国西部貧困緩和計画の青海省部分について、世界銀行の融資を受けることから中国が撤退する決定は、昨晩の7時間に及ぶ世界銀行での集中審議と、北京の財政部の審議を受けて、首相の朱鎔基によって決定されたと思われる。世界銀行総裁のジャームズ・ウォルフェンソンに率いられた世界銀行運営部は、世界銀行理事会に対して妥協的な解決策を提案した。その狙いは、世界銀行によって指名された専門家チームから成る調査委員会が、このプロジェクトに関して独立的な調査を実施し、世界銀行に対して痛烈な批判を浴びせていたことに配慮したである。ウォルフェンソンと運営部によって提案された計画変更によって、200万ドルを少し越える程度の資金規模となり、またさらに15カ月の遅延が予想される。理事会は15カ月以内に再度会議を開いて、提案された計画変更がどの程度実行されたかを確認することなしには、プロジェクトの全面的な承認を与えることはない。そして意見聴取が再度なされるまでに、さらなる遅延が予想されるために中国は受け入れなかったのだ。調査委員会の報告書が指摘している重要なポイントは、これらのプロジェクトの意見聴取が行われる前に、プロジェクトが実行されようとしたことは間違いであると、述べている点である。

中国が同プロジェクトに関して世界銀行からの融資を受けることを断念したのは、3人の委員から成る調査委員会が昨年青海省のプロジェクト対象地区を訪問し、銀行のプロジェクト承認が適切なものであったか否かを判定し、報告書を銀行と北京政府の両者に提出した結果である。調査委員会は、同プロジェクトの企画と評価が7つの点において、銀行の規定と指針に抵触していると結論を出した。環境、地元民、情報の開示に関する手続き上の規定等に反しているというのだ。同報告書は、政策と手続きという重要な観点で、世界銀行内の各部署に注意を喚起する結果となり、世界銀行と中国政府の将来の関係に重大な影響を及ぼすことになろう。同報告書はまた、世界銀行が中国との取引を承認する場合に、今後無視できない一つの基準を提供することとなった。調査委員会の報告書は特に、確立した政策や手続きから逸脱したがる世界銀行の運営傾向に焦点を絞っている。また世界銀行の職員が、中国を他の国々とは「異なった」国と位置付ける『先例』に従っている点も指摘している。本日招集された世界銀行の取締役会が、調査委員会の批判を暗黙の内に受け入れたことは、調査委員会の指摘した点の重要さを認識したことを表しており、もしこの批判を無視すれば銀行の信用に関わると判断したためだと思われる。

中国人の理事であるチュ・シェンは、今日銀行を通じて発表した声明の中で、注意深く言葉を選んで次のように語った。「銀行の運営部と我が政府の間で同意した、元々の推薦条件以上の条件を中国は受け入れることはない。他の世界銀行の出資者たちが、運営部の出した推薦条件にさらに条件を付け加えようとするのは、我が政府にとっては受け入れ難いことである。昨年既に承認されているプロジェクトが、再度承認されるために理事会に戻されただけである。世界銀行の出資者の内の何カ国かが政治的な反対を行ったために、世界銀行の運営部と職員が多大な労力をつぎ込んだにも拘わらず、世界銀行は中国で最も貧しい、いや恐らくは世界で最も貧しい人々を援助する絶好の機会を失ってしまったのだ。

中国の理事チュ・シェンは、プロジェクトの地域あるいはその周辺のチベット人やモンゴル人の住民に、劇的な衝撃を及ぼし兼ねないこのプロジェクトを、中国は独自の資金を使っても実行すると強調した。中国が「独自の手段で」このプロジェクトを実行するとの中国の取締役の発言は、世界銀行の計画よりももっと大規模に漢民族の移住が実行されることを予想させる。世界銀行がプロジェクトの企画に参加することによって、移住者の数が10万人から6万人に規模が縮小させられていた。青海省の海西蒙古族蔵族自治州のドゥラン(都蘭)県への移住計画は、同件の人口を2倍以上に増加させることになり、同県におけるモンゴル人やチベット人の人口が、中国政府の手によってさらに弱体化されることを意味している。主要な入植地に一番近い町である、シァンリド(香日徳)の5倍の人口を有する町が複数できることになり、さらなる開発とさらなる入植者の呼び込みに結び付くことになろう。中国の世界銀行取締役であるチュ・シェンは、この行動を取ったことによって世界銀行の「開発能力」は「マヒした」と述べた。同氏の声明は、入植者の増加と中国政府の青海省開発を同意義に見ているのがわかる。

中国政府がこれまで強調してきたのは、世界銀行によって提案されたドゥラン県への移住計画が、青海省のさらなる発展には最適のプロジェクトであるということであった。世界銀行の資金提供は、農業基地の開発とインフラ整備という青海省政府の目標を実現することになったであろう。それによって、青海省の豊かな地下資源、石油、天然ガス、石綿、岩塩、苛性カリ、鉛、亜鉛等の開発を可能にする筈であった。青海省副省長の劉光和の発言を、1998年4月22日に新華社通信は次のように伝えた。「青海省東部の労働力と西部の地下資源が合体することは、青海省の発展に寄与する筈である」同報道は、入植者の流入は開発の一環であると述べて、「1996年以来、不毛な東部山岳地帯の農民はツィダム盆地に移住し、オアシス農業を開発してより良い生活を送っている」と伝えている。中国政府および青海省政府は、既にドゥラン県まで道路を伸長し、また潅漑施設を建設して、移住計画の実現に向けて準備を進めている。

中国西部貧困緩和計画の青海省部分に対する国際的な批判運動は、1999年4月にTINのニュースがこの計画の存在を伝えてから巻き起こったものである。世界銀行の理事会は、同プロジェクトの完全調査を求めた『チベットのための国際キャンペーン』の要求に同意して、調査委員会がこれを実施した。今日の決定は、中国をさらに強硬な姿勢に追いやることになるかも知れず、チベットの領域での開発と移住問題を再検討することになるかも知れない。

以上

(翻訳者 小林秀英)
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 ダライ・ラマ法王の誕生日に、ラサ緊張

TIN News Update, 7 July 2000
Tension in Lhasa on Dalai Lama's Birthday

ダライ・ラマ法王の誕生日に、ラサ緊張

ダライ・ラマ法王誕生日の昨日(7月6日)、いかなる形の祝典も許さないとする政府の規制によって、ラサの緊張は高まった。ラサ全市において、チベット人が伝統的な線香を献ずる儀式をすることが、各家庭においてさえも禁止された。また祈りの場所は閉鎖されたと、信頼すべき情報筋は伝えている。バルコル周辺のチベット人の居住区では、香台の周辺に公安職員が張り付き、線香を所持しているだけで逮捕すると警告を発した。外国人に対しても差別はしないという。

ダライ・ラマ法王の65才の誕生日の祝典を阻止する手段として、今年は昨年よりも厳しい取り締まりが実施された。これは首都の治安と宗教活動に対する、政府の施策が次第に強硬になっていることを反映している。政府幹部や退職した公務員、学生や生徒たちは、6月のサガダワの仏教祭の期間中、伝統的な「リンコル(巡礼)」をすることを禁止された。リンコルをしたチベット人を確認するために、巡礼道沿いに監視カメラが設置された。政府の公務員たちはまた、今年2月のロサ(チベットの新年)の期間に、屋外に立ててある祈願旗を新品に交換するのを禁止された。また公安職員が各家庭を回って歩いて、仏壇や祭壇、ダライ・ラマ法王の写真等を捜索することも再開された。個人経営の印刷屋や出版社には、1月に亡命を果たしたカルマパ17世、すなわち15才のウゲン・ティンレイ・ドルジェの写真を焼き増ししないように、何らかの圧力が加えられている兆候がある。

昨年は3月10日ラサ独立蜂起の40周年に当たり、やはり治安警備と宗教活動の規制が強化され、一時拘束が頻繁に起こり、街路での治安警備も強化されていた。しかしながら今年の方がラサの空気は緊張しており、チベット人の個人的な生活にも大きな影を投げかけている。いかなる方法であれ、ダライ・ラマ法王に対して忠誠心を表明すれば、以前に増した罰則で脅されることになる。信頼できる情報筋によれば、各委員会の指導者たちや政府の公務員たちは、ラサ市内に居住する者もまた市郊外に居住する者も、各家庭にダライ・ラマ法王の写真や亡命している宗教指導者たちの著作物がないかを、確認するように命令されているという。

政治宣伝部の地域支部やチベット自治区文化出版局またチベット自治区公安部は、個人経営の印刷屋や出版社に対しても、ダライ・ラマ法王の写真の印刷や販売を禁止し続けている。ダライ・ラマ法王の写真の印刷および販売は、1996年に始めて禁止された。最近の対応策から判断するに、この禁止令はさらに強化されつつあることがわかる。また様々な兆候から判断するに、印刷屋はカルマパ17世の写真の需要に応えないように圧力を加えられているようである。

信頼すべき情報筋によれば、伝統的な市内の巡礼道を回るリンコル(巡礼)をすることは、サガダワの祭りの15日間の期間中だけでなく、6月の1カ月間、政府によって禁止されていたという。政府の公務員たちは、もし彼らが巡礼をしたら、解雇されるとの脅しを受けていた。また学校の生徒たちは追放されるとの脅しを受けており、退職した公務員たちは、年金を失うことになるだろうと脅しを受けていた。巡礼道に沿って設置された監視カメラが、この期間中に誰がリンコルをしていたか、公安当局が確認するのを可能にしていた。現在はラサを脱出した信頼すべき情報筋によれば、「今年のサガダワは緊張したものであった。例年よりもずっと少ない人々しか、リンコルをしていなかった。政府の公務員たちは、市内の僧侶や尼僧に喜捨(献金)をすることも許されなかった。それが僧侶たちの金銭的な困窮に拍車をかけ、市内の緊張をさらに高める結果となった」と伝えている。同情報筋はさらに次のように付け加えた。「役人たちは、各家庭の祭壇を取り去ることを要求しているだけでなく、家庭で香炉を使うことさえ禁止している」。線香を献ずる儀式は、チベット人が年間を通じて行う、伝統的な帰依の行法であり、祭りの期間やダライ・ラマ法王の誕生日だけに限ったことではない。

新華社通信が6月22日に刊行した、チベット文化に関する中国政府の白書は、「通常の宗教活動と主要な宗教的また民俗的な祝祭に参加する自由を」チベット人は得ていると、強調している。白書は、「チベット民族は彼らの伝統を維持しながら、服装や装飾、食事、住居、結婚式や葬式といった多くの新文化習慣を吸収して、彼らの生活を飛躍的に豊かにした」と述べている。サガダワとは、ブッダ釈迦牟尼の誕生と悟りを祝う祭りであり、白書によれば、「チベットの多くの伝統的な祭典と祝祭」の一つと位置付けられている。

「祖国分裂」を目指すダライ・ラマ法王の誕生日の祝い

ラサ城関区(市内)通商局は、昨年「不法に」トゥンラ・ヤルソル(ダライ・ラマ法王の誕生日を祝う儀式)に参加することを禁止する通達を、激しい言葉遣いで公布した。6月26日、今年はそれにさらに付け加えて、誰かが儀式に参加したら「必要な措置」を講ずるとの通達が付け加えられた。「ラサ市人民政府が『トゥンラ・ヤルソル』の不法な存在を廃止することに関する簡易情報」と称された文書には、「ダライ一派」はチベットの様々な分野に浸透し、様々な妨害活動を行っている、と述べられている。祖国分裂を目指してトゥンラ・ヤルソルのような祝祭を利用しているという。今年はこの小冊子はさらに付け加えて、「政府はこの不法な出来事に対して必要な措置を取ることになろう。だから人々は参加しない方がよい」と述べている。

チベット自治区政府は、2月のロサ(チベットの新年)の間のチベット人の伝統的な儀式に対して、規制の手を強めた。ラサのチベット人に配布された文書をTINも入手したが、川蔵公路のラサへの入り口である橋の香台で線香を献ずる儀式には、一般人は参加をしないようにと警告されていた。「橋のたもとで線香を献ずる儀式は、多数の民衆や通行車両を引き寄せるだけでなく、公路の通行を妨害し、祭りの期間中の一般大衆の社会生活に悪影響を与えることとなる」と、1月26日付けのラサ政府中央委員会が出した文書は述べている。政府は儀式に対する規制の手を強化したことを、「民族統一」と「安定」を理由に正当化している。「『ダライ分離主義一派』があらゆる機会を利用して、ラサ人民の政治的また社会的な安定を破壊しようとしていることは、証明された事実である。したがってもし儀式が挙行されたならば、『分離主義勢力』は多数の群衆が集まった機会を利用して、混乱を引き起こす危険性がある]と同文書は警告している。

チベット自治区政府主席のレクチョが、5月にチベット自治区人民会議に対して発した強い調子の声明から伺われることは、チベット自治区政府が宗教活動に対してさらに支配を強化する計画でいるということである。政府の報告書の中で、レクチョが言及している内容が、5月24日に西蔵テレビで報道されてた。「我々は全体的にまた正確に、共産党の宗教政策を実行しなければならない。宗教に対する法的な管理を強化し、不法な宗教活動を抑制し、社会に散らばっている僧侶たちに対する管理を強化し、市場に出回っている宗教的な物品に対する管理を強化しなければならない。そして、主要な僧院において頻繁に愛国教育を実行し、僧院における指導権が常に愛国的な僧侶の手に握られているようにしなければならない。我々が積極的にそういう形で宗教を指導することによって、宗教が社会主義社会に対応できるようになるのである。唯物主義を決然として伝道し、科学と文化を宗教の否定的な影響力を排除するために使い、ある種の地元民たちが宗教を利用して行政、司法、教育、結婚、家族計画、産業そしてまた生活一般に介入するのを阻止するのだ」という。

以上

(翻訳者 小林秀英)

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 チベットの伝統を危うくする新宗教規制

TIN News Update,26 July 2000,
New Religious Restrictions Threaten Tibetan Traditions

チベットの伝統を危うくする新宗教規制

ラサ市政府は、宗教活動に対する新たな取り締まりを発令した。個人生活とチベットの伝統に対して及ぼす影響の大きさから言って、近年では最も厳重にして広範な取り締まりとなっている。ラサの学生たちは、夏休み期間中に宗教儀式に参加したりあるいは祈るために、僧院や寺院を訪問することを禁止すると言い渡された。さらにまた個人の家庭でも、タンカ(チベットの仏画)を祭ることが禁止された。公安職員は各家庭を回って歩いて、祭壇やダライ・ラマ法王の写真や香炉がないかを調べている。

一般市民の宗教活動に対する取り締まりでは、これまで政府の職員や共産党の党員を対象にしたものに限られていた。しかしこの新たな取り締まりは、個人事業主や外国と関連のある仕事に従事している、すべてのラサ市民を対象としている。この措置は数週間前に、一連の会議において口頭で公布されたと思われる。これらの取り締まりを通告した書類は、存在していないようである。

現在亡命をしているラサ出身のチベット人によれば、「このキャンペーンは、チベット人の宗教活動に影響を与えるだけでなく、チベットの文化と伝統に対する根本的な脅威となっている。チベット人ならば必ず、各家庭に祭壇や仏間を設けており、線香を炊くことは日常のありふれた儀式である。こんな方法で各家庭の信仰生活を根絶してしまおうとする政府の試みは、文化大革命当時に実行された政策を彷彿させる」と云う。

またチベットの信頼できる情報筋によれば、学生たちは僧院や寺院を訪問したら、学校から追放されると警告されているという。年間を通じてこの時期は、学生たちが試験で良い成績を取れるように、寺院を訪れ祈願することが多い。また両親の仏跡参拝に付き合うことも良くあることである。

ラサ市(城関区)の他の県や町村でも、宗教活動に対する取り締まりが実施されている。例えば、ルンドゥプ(中国語で林周)県のペンポなどの地域から寄せられた報告では、一般市民の家庭に仏壇や香炉あるいはダライ・ラマ法王の写真があるか否かが、調査されているという。ある情報筋によれば、公安職員によるダライ・ラマ法王の写真探索は、午前2時ごろに実行されているという。

ここ数週間ラサの緊張は極度に高まっており、これは当局が宗教活動と首都の治安対策に次第に強硬策を取りつつあることを反映している。昨年3月10日の民族決起の40周年記念日の前には、治安警備が非常に強化され年間を通じて和らぐことはなかった。特に10月1日の国慶節には、最高度の警備態勢が取られた。つい最近チベットから帰って来た西洋人観光客は、「重要な一連の記念行事が済めば、緊張は緩和するのであろうと、多くのチベット人たちは期待していた。しかし、さらなる抑圧が加えられたのだ」と、TINに対して語った。ダライ・ラマ法王の65才の誕生日を祝う、今年7月6日の祝典を妨害する手段は、昨年よりは飛躍的に多彩であった。また6月のサカダワの仏教行事の期間には、政府の職員も学生たちも伝統的な『リンコル(聖地巡礼)』をすることを禁止されたと伝えられている。

6月22日に新華社から刊行された『チベット文化の発展』と称する白書の中では、チベット人は宗教の自由を謳歌していると、中国政府は述べている。「国家は、チベット人およびチベット自治区に生活している他の少数民族の権利を、尊重し保護している。彼らは、伝統に則った社会活動を行い、通常の宗教活動を行ったり、主要な宗教的また民俗的な祝祭を実施することができる。中央人民政府およびチベット自治区政府は、チベット民族の宗教信仰の自由および通常の宗教活動の自由を、尊重し保護することに常に注意を払ってきた」

しかしながら白書は、「時代遅れの」信仰は「近代文明」を発展させるためには、チベット人の手によって退けられなければならないと、警告している。「社会が進歩するにしたがって、封建農奴制度と密接につながった腐敗や時代遅れの社会慣習は、廃棄されてきた。これはチベット人が近代文明を追求し、健康的な生活と新時代のチベット文化の継続的な発展を望んでいることの反映である」

草の根組織の強化によって「時代遅れ」の宗教信仰を根絶やしにする

この新たなる取り締まりは、ダライ・ラマ法王に対するチベット人の支持を根絶し、「時代遅れ」で「迷信的な」宗教信仰を根絶やしにしようとする、政府の政策をさらに強化するものである。この宗教的な取り締まりは、社会的また政治的な「安定」を達成しようとする政府の狙いと軌を一にするものである。この地域を発展させ近代化するための、経済政策を成功させるためには、それは不可欠であると彼らは語っている。チベット自治区共産党常務委員会の一員であるリー・グァンウェンは、最近西蔵テレビの番組の中で発言し、現在北京主導で展開されている、チベット自治区を含む中国「西部地区」開発キャンペーンには、政治的な「安定」が非常に重要であると語った。「チベット自治区の様々な改革政策は、現在重要な実行段階に至っている」と、チベット自治区シガッツェ地区のギャンツェ(中国語で江孜)県の会議で、リー・グァンウェンは語った。
「我々は今や、西部地区大発展の千載一遇のチャンスを得たのである。社会的・政治的な安定を守る任務は、非常に重要である。我々は反分離主義者との戦いを、しっかりと掌握していなければならない。これは基本的に矛盾する活動である。治安対策に総合的にかつ厳密に取り組み、法律にしたがってダライ一派の分離主義的破壊活動を防止し対抗するために、社会全般の勢力を動員しなければならない」(西蔵テレビ、7月13日)

7月11日から12日まで開催された同じ会議では、この地域の草の根組織を強化することによって、「分離主義」を根絶やしにすることに「成果」を挙げているギャンツェの地域社会の活動に焦点が絞られた。「民衆はダライの写真を掲げるのを止め、外国のラジオ放送を聞くのを止めた。またうわさを広めるのを止めた」と、7月13日の西蔵テレビの放送は伝えている。「最近、ギャンツェ県の幹部や住民で、不法に居住地を離れたり、ダライ一派によって運営されている居住地外の学校に子供を送った者はいない。ギャンツェ県は、県内の住民や幹部の回りを大きな鉄の壁で仕切り、分離主義者たちを寄せ付けないようにしたのだ」

以上

(翻訳者 小林秀英)

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英語の原文(画像つき)はTibet Information Networkのホームページで読めます。

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